葬儀を終えて
- d2eedd09
- 2025年6月14日
- 読了時間: 1分
葬儀が終わり、ほっとしている。
母の介護の記憶が走馬灯のように脳裏をよぎる。
終わりよければすべて良しということにしよう。
まだ書きたいことがあるので、このブログは閉じないでおこう。
何か思いついたら書こうと思っている。
そう、葬儀の後はしばらくお寺に通わなければならない。
母のことは忘れたい気分だが、お寺の儀式が残っている。
しばらくは住職との会話で思い出したくなくとも母の話題が出て、否応なしに悲しいことを思い出さなければならないだろう。
なぜ、悲しい思い出を何度も何度も復唱しなければならないのだろう?
頼むから、忘れさせてほしい。
遺族にとって死んだ人の話題はまるで拷問なのだ。
悲しい記憶を自分の口で言うたびに悲しみがリアルに蘇り、再び俺を苦しめる。
遺族はなぜそんなにいたぶられなければならないのか?
世間は遺族をいじめるのではなく、いたわってほしい。
故人の思い出を語ることはすなわち、介護の苦しみを語ることを意味し、決して癒されない。最も救いとなるのは、故人のことを語らず、忘れることなのだが・・。
介護のない日々こそが俺の精神を癒していく。
忘却こそ最高の薬だ。
忘れるには笑い話をすること。
コメント